【解説5】
オキシトシンとは


愛情ホルモンがもたらす
『安らぎと治癒力』


そして良好な人間関係

オキシトシンは単なる母性ホルモンではなく、女性にだけ分泌されるホルモンでもありません。それは人と人との寄り添い、肌と肌との触れ合いによって脳内で産生され、身体の隅々に届けられ、落ち着きや不安の軽減、治癒力の促進といった好ましい心身効果を生み出します。そして、人と人との絆の形成に大きな役割を果たしています。


健康と長寿は寄り添いから

寄り添ってもらわなかったり、触れ合ってもらわなかったりすると、子供たちの成長がうまく進まないことを知りました。愛をもらっていない子供たちは期待どおりに成長せず、極端な場合には、死に至ることさえあります。その一方で、親と子の触れ合いと寄り添いは、早産児のような場合でも、成長と発達を高めることをすでに見てきました。

生涯を通して「つがい」で生活する哺乳類がいます。ハタネズミやサル、リスモドキとして知られるツパイなどです。これらの動物は連れ添うと、生涯一緒で離れません。連れ合いが死ぬと、その後を追うかのように、もう一方も死んでしまいます。したがって、これらのつがいにとって互いが仲間同士であり、一緒にいるということが生きていくうえで必要不可欠なのです。同じような現象が人間にもときどき見られます。連れ添った二人が立て続けに他界してしまうのです。あたかも二人が常に一緒であることで、人生の灯をともし続けてきたかのようです。

安定した良好な関わり合いが大人の健康にもよいことを示すいくつかの研究があります。うつ病、不安障害、心血管疾患など、特定の種類の病気を発祥するリスクは、夫婦で暮らす場合には低いのです。幸せな関係で、よい性生活をしている人は、同年代の他の男女よりも若く見えます。これらの相関関係は、女性よりも男性に見られるようです。したがって、男性が一人で生活するのはいささか危険といえるでしょう。多くの男性は、このことを自然に分かっており、連れ合いとの死別後まもなく新しい関係を始めます。一方で女性は、男性に比べて、特別なパートナーなしでうまくやっていけるようです。おそらくこれは、女性のほうが頻繁に両親や子供や友人など、複数の親しい関わり合いがあるからでしょう。

もちろん、女性にとっても二人揃って生活することは健康のために重要です。ただし、この関係が良好である場合にのみ有益であることが分かっています。スウェーデンの研究者クリスティーナ・オルト=ゴメルによると、自分たちの関係に危険と恐怖を感じる女性たちは心血管疾患を発症するリスクが高まる、ということです。つまり、重要なのは関係の存在それ自体だけでなくその質もだ、ということです。



良好な関わり合いは健康の秘訣

親と新生児の関係で、早期接触が大人と子供の両方の社会性を高め、互いがよい気持ちになるということになります。
交感神経系の活動は静まり、そのために血圧が下がります。そして、HPA軸の活性が低下するので、ストレスホルモンであるコルチゾールの濃度が低く抑えられます。同時に、消化吸収、栄養摂取と、癒しと成長に関与しているシステムはすべて、迷走神経と副交感神経系の活性化により改善されます。このようにして、体と脳の両方が影響を受け、効果はすべてもちろん健康によいです。
緊張とストレスに結びつくシステムの活動を抑えて、回復と癒しのプロセスを扱うシステムの活動を刺激するのは、健康によいことです。これらのすべての効果は、親と子の寄り添いによって作り出されるオキシトシンの放出に関連しています。



ストレス病は寄り添いで防げる

心血管疾患は、ストレスと交感神経系の活性上昇に関連していることがよくあります。親しく寄り添うことに関連づけられる病気発症軽減効果は、ストレスレベルの減少に起因する可能性がありますが、明らかにまた、癒しに対処するシステムの活性化にも関連づけることができます。これを念頭に置くと、親しさがオキシトシンの放出を促進するわけですから、親しく寄り添い関わり合うことが健康のためによいというのは、非常に理に適います。

どのようにオキシトシンがHPA軸の活動を抑え、そのためにコルチゾールのレベルを下げるだけでなく、血圧と心拍数低下につながる循環器系の活動をも抑えることができるのです。最近では、アテローム性動脈硬化を起こすと考えられている血管壁の炎症も、オキシトシンによって妨げることが示されているのです。
栄養摂取、成長および癒しもオキシトシンから恩恵を受けています。これは多方面で起こります。例えば、消化管の活動や副交感神経系の活動が強化されます。また、継続的にオキシトシンにさらされている人は、ストレスに苦しむことが減るばかりでなく、回復と修復の能力が向上する、ということもあります。これらの効果は、良好な関わり合いが健康に結びついている理由の一つかもしれません。

オキシトシンは、交感神経系の活動を制御し体内の副交感神経系の活性を高めることと並んで、覚醒、ストレスと攻撃、および成長、学習と記憶のそれぞれに関連した脳内のさまざまなシステムにも同じように影響します。

前述のように、寄り添いの効果、すなわち触れ合いと温もりと抱きしめの影響は、先ほど述べた反応およびオキシトシンの放出につながる感覚神経の活性化に依存しています。明らかに、他の感覚からの肯定的な信号を含んでいるこれらの寄り添い反応は、人が気持ちよく顔を合わせるたびに、多少程度に違いがあっても生涯を通して繰り返し現われる反応です。

時間が経つにつれて、会うたびごとに誘発される短期的な効果は、前述した長期的な変化になっていきます。このときまでには、オキシトシンは他の伝達系システムの活性に長期的影響を及ぼすようになっています。例えば、オキシトシンをラットに数回注射すると、投与から数週間、血圧もストレスホルモンのレベルも下げることができます。また、今まで見てきたように、複数の子供を出産した女性は、ストレス関連の疾患(例えば高血圧や二型糖尿病など)に対して、長期間にわたりオキシトシンの影響を受けているため保護されています。これは、人との良好な関わり合いが病気から護ってくれるのとまったく同じメカニズムです。なぜなら、好きな人と一緒にいると、オキシトシン放出、ならびにそれに関わる反応が絶えず誘発されるからです。

私たち人間はもちろん、直接触れ合うことがなくても、同様に肯定的に反応することができます。それはまるで、ある人のことが好きで、信じていて、信頼しているというだけで、オキシトシンに媒介される効果のパターンが生まれてくるかのようです。

これはあたかも「内なる触れ合い」のようです。すなわち、温もりと愛の感覚と経験が、直接の触れ合いや温もりが生理学的なメカニズムを通して生み出すのと同じ心理学的効果を生み出すのです。良好な関係を有する人は血圧が低く、血圧がオキシトシンレベルと関連していることを示す研究もあります。



早期の寄り添いと成人の健康

生まれたばかりの赤ちゃんに多めに触れてあげたりオキシトシンを投与したりすると、持続的な効果が得られます。出世後の触れ合いと温もりと寄り添いのおかげで、いかにラットに社会性が生まれ穏やかになるか、すでに説明しました。そしてそのようなラットは、十分に触れ合ったりオキシトシンを投与したりしてもらわなかったラットと比較して、ストレスレベルも血圧も低くなるのです。生まれたばかりのラットの子にオキシトシンを投与すると、成体になったとき、高血圧にならず、穏やかになり、痛みに耐性が出来ます。それだけではなく成長が速くなります。これらの結果から、オキシトシンは生まれたての時期に影響を与え、その効果はその後ずっと続く、ということが明らかです。
効果が生涯続くのは、大人よりも生まれたての赤ちゃんのほうが、さまざまな刷り込みや学習、あるいはエピジェネティクスの影響を受けやすいからです。生まれたてのときにたくさん寄り添ってもらい触れ合ってもらったラットは、恐怖心が少なく社会的能力が増します。これは大人のラットの脳内のオキシトシンの活性化につながっています。脳内といっても、とくに扁桃体のことですが、そこは社会的相互作用および恐怖や不安を制御する重要な領域なのです。つまり、ラットの母親が自分の赤ちゃんを舐(な)めるときに、赤ちゃんのオキシトシン放出を刺激しているということです。マイアミ大学のニール・シュナイダーらは、赤ちゃんのウサギと触れ合ったり、オキシトシンを投与したりすることで、どのように大人のウサギのアテローム性動脈硬化の発症が防げるかを研究しました。

まず、この実験では、赤ちゃんのときに脂肪を多く含むものを食べたウサギは大人になると動脈硬化が生じたのに対して、通常のものを食べたウサギには見られない、ということが明らかになりました。次に、脂肪の豊富なものを食べた赤ちゃんウサギが多めに触れ合ってもらった場合を試しました。すると、大きくなっても血管に変化が現われませんでした。赤ちゃんのときに多めにオキシトシンをもらった場合と同じ有益な効果が得られるのです。つまり、この実験結果から、赤ちゃんのウサギはよく触れ合ってもらうと、内因性のオキシトシンを放出し動脈硬化を防げるということが分かったのです。

人間の場合、幼いときによく寄り添ってもらった子が大人になったとき、同じようにストレス関連の病気に一定の抵抗力を持つようになるのかどうかは、まだよくは知られていません。しかし、これはありえそうです。というのは、一歳前後の子供たちの行動の研究から知られていることですが、生まれた直後に寄り添ってもらった場合、人とのコミュニケーション力が増し、ストレスにうまく対処することができるのです。さらに、この真逆のことが判明しています。母親が妊娠中にストレスにさらされた子は、高血圧や特定の心血管疾患や糖尿病などを発症するリスクが高まるのです。幼い頃に親と離ればなれになった子供たちの多くが、大人になったとき、不安や抑うつのリスクが高まっています。逆に言えば、幼少期にストレスがなければこんな病気にかからなくて済む、ということです。しかしながら、これは真実の一面に過ぎません。というのは、この世に生を享けた早い時期にいっぱい寄り添ってもらうのは、さらにもう一歩踏み込んだ発達を促すようなのです。つまり、人とうまく関われるようになり、穏やかで落ち着き、リラックスした対話型の人間になる可能性が高いのです。言い換えれば、穏やかで互いがつながり合った状況がもっと強く現われるのです。

今まで見てきたように、生後数週間の寄り添いから恩恵を受けるのは子供だけではありません。母親の心を落ち着かせる効果のほうも、非常に長く続き、その後の生活の中で母親自身を特定のストレス関連の病気から長期的に守ってくれさえするのです。前述のように、自分のおっぱいを与える女性は「用量依存」的に心筋梗塞や脳卒中や高血圧などの特定の心血管・脳血管疾患から保護されている、という臨床調査があります。

また、二型糖尿病(大人または高齢者で発生する糖尿病)からも、ある程度保護されています。授乳中の女性がこのように特定のストレス関連の病気から守られているのは、おそらく授乳中に繰り返されるオキシトシン放出のおかげです。結論として最も重要なのは、寄り添いと良好なかかわり合いは一生涯私たちの健康に好影響を与え続ける、ということです。ただ、生まれたばかりの時期に寄り添ってもらうと、その効果はもっと強くなるのです。



イヌとオキシトシン

多くの人にとって重要であり、また健康にとっても重要であることが示されている関係は、最愛のペットとの関係です。イヌというのは、そもそもはオオカミの仲間ですが、人がイヌを飼う目的は数々あり、イヌが持つ多くの特性や能力に基づいています。動物の中でも人間を恐れないものを選んで、最終的に今日のよき友であるイヌに到達しました。人間が手なずける間に、イヌの風貌は変わりました。例えば、耳は垂れてきましたが、尾はその逆です。体毛は色を変え、斑点があるイヌも出てきました。おそらく顔も変わり、「赤ちゃん顔」になったことでしょう。たぶん、外見の変貌と人間に示す親しみのために、人間はイヌのことがこんなにも好きなのです。このような特性を求めて選別的に交配してきた結果、人が飼うイヌのオキシトシンシステムは高まったのです。こうして、人になつき人に優しい、人間の親友であるイヌが生まれたのではないでしょうか。これが理由で、私たちはイヌを恐れることもなく、よく知りもしないのについついイヌに近づいていくのではないでしょうか。間違いなく、ほとんどの飼い犬は撫でてもらったりハグしてもらったりするのが大好きです。オオカミだと考えられないことです。

イヌと人間がお互いにどのように「波長を合わせる」ことができ、寄り添うことができるのかを示す無数の例があります。中でもいわゆる発作探知犬はよい例で、人間にとって大きな助けになるイヌです。発作探知犬とは、飼い主の血糖値が低下しすぎたり、てんかんの発作が現われてきたりすると、これを感知するように訓練されたイヌのことです。低血糖の場合には、発作探知犬は砂糖やお菓子の小さな袋を持ってきて、発作をくい止めることができます。てんかんの場合だと、発作探知犬はすぐさま、発作を起こした人が他の人たちに確実に対応してもらえるようにします。発作探知犬の働きには本当に驚きます。



イヌといる人は健康

今日、イヌを飼っている人たちのほうが、飼っていない人よりも、一般的に健康であることを示す文献が山ほどあります。まず、イヌを飼っているとさまざまな種類のストレスから守られます。心臓発作が起きた場合、イヌを飼っていない人に比べて、飼っている人のほうが予後がよいとの実証もあります。また、血圧も低くなります。
もちろん、イヌを飼っている人は、健康によい散歩をイヌとするのだから元気がよいのも当たり前だとお思いになるでしょう。たしかに一理あります。しかし、運動習慣を考慮した研究でさえ、イヌを飼っている人のほうがストレスレベルも特定の心臓疾患にかかるリスクも低い、ということを明らかにしています。したがって、単に積極的に運動する以上のことが、飼い主によい影響を及ぼしているのです。多くの研究が、動物、とりわけイヌを飼うことは人とうまく関わっていく能力のためにもよいことだ、と示しています。これは、子供にとってはとても重要であり、肯定的に作用しうるものです。子供の頃にイヌを飼ったことのある人は、大人になってもその恩恵を受けるでしょう。

健康に対する有益な効果や人とうまくコミュニケーションできる能力に対する有益な効果は、おそらくイヌと飼い主が互いに触れ合い、互いを好き合うことから出てくるものです。互いをよく分かり合っていると、ただイヌがそこにいるだけで人は穏やかになれるものです。イヌと飼い主が結びつくと、両者の絆がもたらす目には見えない糸を通して、互いによい影響を及ぼし合うのです。イヌは心身両面の寄り添いを通して飼い主に影響するというわけです。

私たちはこれまで、オキシトシンの効果がどのように存続し、繰り返し投与された後どのように長期的に作用するのかを見てきました。飼い主はたいていイヌと一緒なので、オキシトシンを少量ですが規則的にもらっていることになります。ですから、例の穏やかな落ち着き状態を慢性的に活性化しているのです。オキシトシンのこのような長期的効果こそ、健康促進効果をもたらす可能性がとても大きいと言えます。

イヌ以外の動物の場合はどうでしょう。不思議なことに、ネコを飼うとストレス解消になるとか、健康促進効果があるとか、今のところよく分かっていません。たぶん、ネコはイヌほどには人間と密接な関係になかなか入ってきませんし、どちらかというとネコはやや離れたところにいるからでしょう。しかし、実際は、単にネコの飼い主がイヌの飼い主ほどには研究されていないため、潜在的なよい影響が見逃されている可能性があります。



イヌはセラピスト

動物たちは人間に有益な効果があるので、医療の分野で多く使用されています。ネコやイヌがいると周りはうれしく楽しくなります。高齢者たちも刺激され、もっと体を動かしたり、もっと何にでも積極的になったりします。例えば、高齢者用のホームや精神を患っている人たちの施設で、ネコもイヌもとても高く評価されています。イヌが老人ホームにやってきて、薬物療法の代わりを務めるというのもありです。というのは、イヌは高齢者たちの気持ちを楽しくし、攻撃性を弱めるのではないかと思われるからです。とくに認知症に苦しんでいる高齢者の場合です。しかし、これはまだはっきりしません。ただ、もしもそうだとすれば、医療分野でイヌを利用するのも、ひょっとして有益かもしれません。

場所によっては、イヌはまた、セラピストとして、とくに子供を治療するセラピストとしても活用されます。イヌが存在することで、困難な状況や関係を解決できることがあります。イヌがいてくれると、厄介なこともずっと話しやすくなるような感じがするのです。これは、一つにはイヌは静かで忠実で決して無駄口をたたいたりしないからです。つまり、イヌのおかげで、人はなかなか口に出せないことが言いやすくなります。人は、一人のときでもあるいはだれかと一緒でも、自分が抱えていることが話せないものです。イヌには人の心を穏やかにする効果があります。これは、部屋にイヌがいると子供たちは宿題によく集中できることから、分かります。こういったすべての効果は、イヌ とのさまざまな関わりに応じて、人間がオキシトシンを放出することに結びつけられてよいでしょう。



ウシも人の健康に一役買う

多くの点で、家畜は、人が元気を取り戻して健康を回復するのに役立ちます。農場にいて家畜を世話することからも、寄り添いの機会が生まれたり、ある種の関わり合いの経験が生まれたりします。ヨーロッパの多くの地域で、疲れて落ち込んで不安がっている人たちが農家の家畜と一緒に時間を過ごすのはよくあることです。ノルウェーのベンテ・バルイェットとビャーネ・ブローストッドが、精神的に病んでいる人が農場で動物と一緒に週に何回か午後を過ごすことができると、気持ちがよくなり穏やかになることを明らかにしています。

ウシは搾乳されたり出産したりするときに、自然にオキシトシンのレベルが高くなるので、牛舎の他のウシたちへの鎮静効果を持っているように思えます。また、酪農家の家で育った人たちからも、ウシが人の心を穏やかにする経験談をたくさん耳にします。コリック発作を起こした赤ちゃんを、牛舎の中で一番静かで落ち着いたウシのところに連れていくと、痛みが止まり、赤ちゃんは穏やかになったということです。たぶん定期的に搾乳されるウシはオキシトシンにあふれていて、私たち人間にも有効な香りを出しているのではないでしょうか。ひょっとして、空気中を伝幡する情報は、勉強をたくさんしてきた知性あふれる現代人にとってよりも、太古の昔の人間にとってのほうが大事だったのでしょうか。それとも、私たち人間は思っている以上に、いまだにフェロモンによって影響されているのでしょうか。私たちが何も分かっていないだけなのです。



イヌも人といれば健康

イヌなどの動物たちにとっても、よい気持ちになることは同じく重要です。イヌだって気持ちよくなって、何も悪いわけがないのです。心身両面で親密なふれあいを伴う関わり合いというものは、両方向で作用します。実際には、イヌだけでなくウシも、自分たちが怖れを感じない人間に撫でられたり触れられたりすることで穏やかになれるのです。イヌやウシの反応は私たち人間とまったく同じです。つまり、心拍数と血圧が低下し、加えてストレスホルモンのコチゾールのレベルが低下します。イヌの場合はオキシトシンのレベルも上昇します。他の動物種の場合どうなるかは、まだよく分かっていません。
これは、イヌや他の多くの動物も、自分と同じ種からだけでなく、私たち人間からも寄り添いと触れ合いの恩恵をおそらく受けている、ということです。この点では、すべての哺乳類は同じなのです。



オキシトシンとマッサージ

生まれたばかりの頃の寄り添いと触れ合いはたしかに極めて重要ですが、その必要性はその後生きている間ずっと続きます。そしてもちろん、ほとんどの人は、最も近くて最も大切な人から寄り添いと触れ合いをもらいます。しかし、多くの人々が一人で暮らす個人主義で何かと慌ただしい私たちの世界では、おそらく「触れ合い出納長」に赤字が出ています。触れ合いが潜在的に欠如していることの一つの現われは、人々がこの損失や不在を補うための方法をあれこれ模索していることに見られます。例えば、現代社会でさまざまな形態のマッサージやタッチセラピーの需要が高いのは、この現われです。いろいろなタイプのタッチとマッサージが自分たちを気持ちよくしてくれるということを見つけ出したのです。

今日、マッサージには多くの有益な効果があることを示す科学的研究が多数あります。マイアミにあるタッチ研究所の教授ティファニー・フィールドは、その効果を実証する画期的な貢献をしました。研究の始まりは、早産児がマッサージを受ければ速く成長し、短い時間で退院できることを示したことでした。その後、老若男女問わず、健康な人と様々の病気を持つ人を対象にさまざまな研究を行っています。結論は、マッサージは不安やストレスや抑うつを緩和する、というものです。マッサージはまた、幸福感を生み出し集中力や学習能力を向上させ、人との関わりを高めます。

マッサージやタッチセラピーには多くの種類があります。古典的なマッサージが筋肉を揉みほぐすのに対して、タッチセラピーの治療では皮膚に重点を置きます。タッチセラピー(例えば、触覚刺激、タッチまたはソフトマッサージ)には、全身を撫でるものもあれば、ローゼンメソッド(理学療法士マリオン・ローゼンによって開発された技術)のように、リラクゼーションを誘発するために施す、もっと局所的に軽くタッチし、とくに呼吸に影響を与える筋肉をリラックスさせるものもあります。

それぞれの治療法が、だれに対してもまったく同じ効果を生んだりはしません。効果は、提供される治療法しだいという部分があります。ほとんどの場合、効果が最もはっきりするのは、何か不足している場合か、体調がすぐれない場合です。ですから、マッサージやタッチが生み出す効果は、治療を受けている人の特定のニーズしだいだという面があります。ある人たちにとっては、筋肉を強く揉んでもらって、筋肉をリラックスさせ、血液の循環を促進することが大事になります。こういう人たちは、筋肉をマッサージしてもらうと、当然ながら筋肉に効果を感じますが、治療の結果としては穏やかさが増したり幸福感を味わうことになります。

また他の人たちは、たぶんとくに高齢者たちですが、タッチ不足に苦しむことがよくあります。こういう人たちは、皮膚を柔らかく刺激してもらう経験が重要です。多くの研究で、高齢者が気持ちよく感じるのはさまざまな形のタッチセラピーを受けたときだ、ということが示されています。タッチセラピーを受けると高齢者たちは穏やかになり、よく眠れるようになります。さらに、スタッフとの関係が改善され、徐々に生活の質もよくなります。乳児のマッサージの場合、その目的は、何よりも親と子との触れ合いを増やし、子供の中に穏やかさと調和を作り出すことです。

タッチが快適として知覚されたり、よい効果をもたらしたりするために必要なことは、自分が知っていて気に入っているだれかとか、または何か他の理由で受け入れられるだれかに触れてもらうことです。また、治療を提供する人の態度が非常に重要であることもますます明らかになっています。つまり、セラピストが敬意をもって患者を扱うことが不可欠なのです。まず、治療は柔らかくて暖かい手で行います。また、治療を施す人は心ここにあらずではいけません。善意を持って治療にのぞみます。とにかく、柔らかくて温かい手で触るのと、冷たくて硬い手で触るのとでは大きな違いがあります。冷たくて硬い手で触ったり、ぼーっとして関心がない態度だったりでは、よい結果など出るわけもありません。最悪の場合、治療のはずがストレスになってしまう恐れがあります。これは治療を受ける側にとって、非常に不快かつ喜ばしくない経験になってしまいます。



触れ合いがスキでない人もいる

また、全体的に見ると、触れ合うのは好きではないという人たちも多くいます。そういう人たちの中には、以前に触れ合うことで嫌な経験をした人もいます。こういう人たちにとっては、その忘れていた不愉快な記憶が、触れ合うことと関連して表面化する怖れがあります。そして、このような反応は無意識のレベルで起こるので、克服することは非常に困難です。

また一部の人たちは、触れ合うことを先天的に受けつけないらしく、過去の経験にかかわらず、触れ合い即不快と思ってしまいます。まるで触れ合うことは、人をじわじわチクチク苦しめることであるかのように思っているのです。そういう人たちは、ある特定のタイプの服を着ると生地から刺激を受けるので、その服は身に着けがたいということさえあります。たぶん、さまざまな触れ合いと痛みを感じる神経との間に、ある種の「誤配線」があるせいなのでしょう。また、自閉症の特性を持つ人、つまり他の人との社会的な接点を持つのが難しい人が、同じく触れ合いで問題を抱えているのも珍しくありません。おそらく、これらの特性は関連しているのではないでしょうか。




マッサージと触れ合いの研究結果

以下は、さまざまな形態のマッサージやタッチが用いられた広範囲な研究の結果であり、治療目的と観察された治療結果も多義にわたっています。


託児所でのマッサージ効果

ウブサラ大学病院神経化学科の教授アン=リース・フォン・クノーリングが指導し、託児所で実施された研究では、マッサージがどのように子供たちの行動に影響を与えるかを調べました。
予備観察では、マッサージを受けた子供のほうが穏やかになり、人の中で自分の役割をよく果たすようになりました。
調査では、マッサージはスタッフのだれかが日中の休み時間の10分間を利用して行いました。マッサージは特定のスケジュールに従って行われ、研究に参加したスタッフはすべて、ストックホルムのアクセルソンの体操研究所で使用されていたものと同じマッサージのテクニックを使用するように教育を受けていました。もちろん、子供たちは、調査に参加するかどうかは自分で決めました。マッサージの効果が評価できるように、対象群として、マッサージがまだ導入されていなかった精神科にいる子供たちも調べられました。スタッフも両親もマッサージ療法の効果を評価するのに協力しました。

評価では、最初はマッサージを受けた子供たちと受けなかった子供たちの間に違いはないようでした。しかし、両方のグループの中で最もやんちゃで落ち着きのない子を選んで調べると、半年後に違いが見られました。マッサージを受けた子供たちは、対象群の子供たちと比べて穏やかになっていたのです。マッサージ効果はその後も続き、12か月経っても改善がありました。最も顕著だったのは、マッサージを受けることで、非常に不安定だった男の子たちの攻撃的振る舞いが抑制されていたことです。同時に、他の人と一緒にいる中でうまくやっていける能力が高まり、けがも減っていました。親とスタッフは、評価面で全員が同意権でした。肯定的な効果は精神科内に広がりました。グループ内の子供たちは適切に自分の役割を果たすようになり、スタッフの満足度も上がりました。これはどこか聞き覚えがありませんか。攻撃性が減り、人との係わり合いが増えるのは、まさにオキシトシン効果の増加の典型的な現われそのものではありませんか。



悩める女性とタッチセラピー

女性を対象とした指先タッチ、いわゆるタクティールマッサージ(手を使って10分間程度、相手の背中や手足を「押す」のではなく、やわらかく包み込むように触れるマッサージ)の研究もあります。これはスウェーデンのリンシェーピングにある治療クリニックで実施され、生活に問題を抱える若い女性のグループが対象でした。女性たちは成人でしたが、たいていは仕事がない状態でした。長年にわたって有能な心理学者や社会学者からカウンセリングを受けていたため、生活は多少は機能していました。

その女性たちの一部は、通常のカウンセリングに加えて、訓練されたタッチセラピストから数週間にわたってタクティールマッサージの治療を受けました。そして「タッチサプリメント」の処方を受けた女性たちが前向きに変わったことが判明したのです。全員気分が晴れ、自尊心が高まりました。活発さのない今までの生活に変化を加えることが多くなりました。ある者は仕事に応募し、またある者は以前とはまったく違って外見に気をつかうようになりました。簡単に言うと、社交的になったのです。

最も興味深い発見は、肯定的な変化はこのタッチトリートメントが終了したときにとどまらなかった、ということです。このセラピーを受けた女性たちは、その後非常に長い間、良好な状態が続いたのでした。多くが自ら進んで、何か他のタッチセラピーを始めました。この女性たちはただ気持ちがよくなっただけではありません。より活動的になり、外の世界について好奇心が旺盛になったのです。



子供とタッチセラピー

また、重症心身障害児についてタクティールケアの研究もあります。この治療法は、ただ手で触れてマッサージするだけではなく、セラピストが「心にタッチ」する療法です。つまり、人に優しく人を尊重するやり方です。

対象となったのは、病棟暮らしの子供か、またはスウェーデンのヨーテボリにあるブラッケ・ディアコニ介護団体の重症心身障害児のための養護施設の子供たちでした。そして、それぞれ個人アシスタントから治療を10回ほど受けました。たいていの場合、この障害児たちは治療が気に入っていました。治療を受けているときはリラックスでき楽しかったのです。しかし、おそらく治療の最もはっきりと目に見える結果は、個人アシスタントとの関係がとてもよくなったことでした。この子たちは話すことができませんでしたが、タッチを十分にもらった後では別のいろいろな方法でコミュニケーションをとるようになりました。微笑むことが多くなり、個人アシスタントとよく目を合わすようになり、自分にできる手段を用いて、考えや気持ちを伝えようとするようになったのです。中には、マッサージをお返ししてあげようとする子もいました。この子たちの多くは、両親と家にいるときや学校でも、人との関わり合いが率先的になりました。

しかし、その効果は一方向的ではなかったのです。スタッフのほうも、子供たちとの関係が深まっていたし、はるかに愛情が深くなったと感想を述べたのです。この効果は絶大だったので、その子たちが生活したり時間を過ごしたりする同じ病棟の他のスタッフにも広がっていきました。そして、どのスタッフも仕事や共同作業というものをもっと肯定的に感じるようになったのです。この労働環境へのプラス効果はまた、グループレベルでのオキシトシン効果ともみなすことができます。

ここでもまた、人と人が互いに触れ合うことで放出されるオキシトシンが、双方のコミュニケーション能力とコミュニケーション欲求を高め、さらには、双方の愛情のある結びつきを深めるのに貢献したと言えるのではないでしょうか。というのは、得られたこれらの効果は、早期の寄り添いが多かった母子間で築かれるボンディングに似ているからです。



ローゼンメソッド

ローゼンメソッドは、理学療法士マリオン・ローゼンによって開発されたタッチセラピーです。マリオン・ローゼンは、ドイツで生まれましたが、第二次世界大戦前、スウェーデンに移り、理学療法士になるために勉強しました。のちにアメリカのバークレーに渡り、そこに長年住みました。ローゼンは、人の体は私たちが認識している以上にはるかに多くのことを記憶にとどめる、と言います。つまり、特定の筋肉の小さな収縮は、その人が負った心の傷の経験を思い出さないように抑圧することに関連がある、と言うのです。ローゼンメソッドのセラピストは、筋肉をリラックスさせるために非常に軽いタッチを用いて施術を行います。これには呼吸が自由で楽になる筋肉が含まれています。こうすることで、施術中、患者は以前に経験したものの抑圧してきた出来事に気づける可能性が出てきます。抑圧されていた記憶が意識化されると、もっと上手にそういう記憶に対処できます。今まで閉ざしていたものから解放され、前に進めるからです。ローゼンメソッドは、このように主に心理的発達に重点を置いたタッチセラピーです。

スウェーデンのローゼンセラピストであるアンニカ・ミンベイたちは、戦争に引き裂かれたボスニアで現在ローゼンメソッドを使用しています。ローゼンメソッドのコースを提供し、戦争中に心の傷となった出来事を経験している人たちの治療に当たっているのです。温かいタッチと、さらには治療の後に続くセラピストたちの優しく支え込んでくれるような療法を通して、治療を受ける人たちは恐ろしい経験を思い出せるようになります。このように、辛い経験をした人たちは、温かくて安全な環境で記憶を意識化することで、その忌まわしい思い出の姿を変え、心が解放されるのです。
このローゼンメソッドは、何が最も素晴らしいかというと、個人のレベルで肯定的な効果を持つだけではなく、異なる人種や宗教の人たちの間の和解を可能にすることです。戦争の影響を受けた人はそれぞれ、忌まわしい記憶や悪事にもはや支配されないので、復讐のための欲求から解放されるだけでなく、恐怖からも解放されます。この解放のおかげで前へと進んでいくことができ、民族集団や宗教の内外に新たな社会的なつながりを作り出すことができます。恐怖心と攻撃性の束縛から自由になり互いの信頼感が芽生えると、人はともに生きていくことができます。このことは、治療する者とされる者とが異なる民俗や宗教、言い換えれば元敵同士である場合に、とくに明確になります。ローゼンメソッドがこのような場合に用いられると、タッチセラピーを施すことで抑えつけられていた記憶が解放され、新しい方向づけが容易になるとともに、オキシトシンの穏やかで安らぎを生む効果が出やすくなります。

もし現在進行中のローゼンメソッドの効果を立証するための研究が肯定的結果を出せば、ローゼンメソッドは、たぶん他のタッチセラピーもですが、様々の問題や人の間で起こる衝撃を解決する重要な道具になるでしょう。ただし、正しく判断され、理解され、大事にされて用いられたならばの話です。



マッサージやタッチセラピーの働き

マッサージやタッチセラピーにはいろいろなタイプがあるものの、その効果に大きな違いがないのは、手が共通の道具だからです。筋肉を強くマッサージする古典的なものでも、純粋なタッチセラピーでも、とても軽くタッチし筋肉をほぐすローゼンメソッドでも、どれも手が伝える温かさとタッチが治療の一部であることに変わりはありません。そして、この温かさとタッチが、とくに脳内のオキシトシンシステムを活性化するのです。この時点で、親と子が寄り添っているときと同様に、ストレス反応が弱まる一方で人との関わり合いや穏やかさが増してきます。

マッサージを受けた人の血中でオキシトシンレベルが短期間で上昇することを示す科学的研究があります。ところが、マッサージ関連の効果が発揮されている人間の脳内のオキシトシン量を測定することは容易ではありません。とはいうものの、マッサージの結果、オキシトシンが血中に放出されるという事実、および典型的なオキシトシン効果のパターンが誘発されるという事実から、オキシトシンがマッサージや他のタッチセラピーの効果の重要な調整役を演じているのは間違いありません。

タッチは、他の多くの補完代替療法の一部でもあります。これらの治療が有効かどうかについて白熱した討議が今日あります。例えば、サイモン・シンとエツァート・エルンストが著した「Trick or
Treatment(おまじない、それとも治療)」という本を読むと、マッサージ以外の治療は何もかもいかさまだ、と言っている感じがしてきます。著者たちがこんなにも強く言うのは、鍼治療やホメオパシーが対照治療と比べ、効果がいささかなりともあるということを示せる科学研究が今まで一切ないからです。

これらの補完代替治療の効果を説明するための初期の説明モデルは、そういう効果はありそうもない、として受け入れられませんでした。それはそうかもしれませんが、すべての患者は、実験群で積極的に治療されようが、または対照群の一部であろうが、セラピストと密接に触れ合っていることは同じです。両群とも抱えている問題やライフスタイルについて、セラピストが初めに会ったときに丁寧に詳しく聞いてくれ、その聞き出したいろいろな懸念や心配事を真剣に受け止めてくれます。たいていの場合、治療には、さまざまなセラピーが入っているので、治療を受ける人は繰り返しセラピストと会うことが多くなります。

鍼治療に関して言うと、セラピストが針を挿入したときに皮膚の接触としての重要な要素があり、挿入されている間、「タッチ」は続いているのです。新しい対照研究では、針を皮膚にさほど深く挿入しない種類の鍼治療も、もっと深く挿入した針と同等の効果を生み出す、ということが分かっています。これが示唆するのは、皮膚との接触、言い換えればセラピストからのタッチや鍼からのタッチこそが治療効果を生み出している、ということです。

さらに、鍼灸師、接骨院、カイロプラクターおよび代替治療の施術者たちは、それぞれに特有のプラス効果を生み出すことができます。ただ、どうしてもその効果は、科学的な研究では捉えがたいところがあります。しかし、それらはすべて、皮膚のタッチが重要な要素であるという点で一致しています。逆に言えば、手を用いて施術をしているのに、タッチ効果が誘発されないなんてことはありえないということです。つまり、マッサージやタッチだけでなく、鍼灸などすべての治療法は、タッチによるオキシトシン効果をある程度はもたらすのです。すなわち、ストレスの軽減や痛みの軽減、体内の治癒メカニズムの刺激などの効果が出てくるのです。また、セラピストは患者から信頼されればオキシトシンを放出し、ひいては治癒力を高める「信頼チャンネル」を築き上げます。こうして、セラピストは患者を獲得するのです。



お薦めいたします。